「おとボク」の萌え構造 >> 2. 第二章 >> 2-1. 第一節

 

関門その1:“お嬢さま学校”の世界観になじむ――巧みな導入でカバー +

 「みなさんも一緒に女学院の門をくぐってみませんか?」 ――宮小路瑞穂が、公式ホームページのカウントダウンボイスでプレイヤーを誘ったセリフです。まず、この作品のプレイヤーは、主人公・宮小路瑞穂とともに、女学院に転入し、その世界になじむ必要があります。ところが、プレイヤーはもちろんのこと、主人公もこの世界にはまったく免疫がありません。この点で、プレイヤーと主人公とは完全に「等身大」である、ということにもなります。さて、そのような状態で、主人公は、そしてプレイヤーは、どうやって“お嬢さま学校”の世界にはいり込んでいけばいいのでしょうか?

 この作品が特に第一話の中盤までの部分で強く意識したのは、「いかにプレイヤーを“お嬢さま学校”の世界観になじませ、引きこむか」というところです。その意識の結果、この作品は非常に巧みな導入部を持つことになりました。では、その「非常に巧みな導入部」はどんな工夫によって生み出されたのでしょうか?

プレイヤーをガイドするキャラクターの特徴 +

 このゲームは、「女装潜入ロマンチックラブコメディ」と説明されています。「処女(おとめ)の園」に、ただひとり男性として、もちろん「女装」して“潜入”し、その世界に溶け込んでおよそ9ヶ月間を過ごす、という夢のようなストーリーです。

 まず注目したいのが、プレイヤーを「ガイド」するキャラクターの存在です。しかも、この役をありがちな同性のサブキャラではなく、メインヒロインのうちの二人に受け持たせたところに、この作品の設定の巧みさがあります。

 「お祖父様の遺言」(これが本当に「本当の遺言」なのかということは、実はプレイ後も残る謎なのですが[苦笑])に従い、主人公を女学院に転校させるという大胆な「策略」を実行させるために、「幼い頃から主人公を女装させるのが好きだった」幼馴染キャラを実行役に据える、という設定は、この作品の「自然な『ご都合主義』」のひとつの象徴といえます。もともと男性が女学院に通う、などということは「ありえない」ことであるわけで(それがゆえにこの作品は「キモイ系*1の極致」に分類されていたりもするわけですが)、『ご都合主義』になってしまうのは避けられない運命。であるなら、徹底的に「自然に」『ご都合主義』してしまおう、という作者の意図は、非常に明快かつ適切なものである、ということができます。そして、この幼馴染キャラは、「明らかに説明調のセリフ」を多用して、主人公に、そしてプレイヤーに、「処女(おとめ)の園」の世界についてわかりやすく解説していきます。ただし、それだけでは面白くないのもまた事実です。そこでもうひとり、どう見てもウラで幼馴染キャラとのホットラインを持っているとしか思えない「お姫様」キャラを登場させます。彼女は主人公のクラスメイトとして、主人公に的確なアドバイスを与え、ある方向へと導くのに重要な役割を果たします。そして、幼馴染キャラとともに、「腹黒コンビ」として主人公をいじることで「面白さ」を演出していきます。そして、いじられる主人公に「同情」(「共感」と言ってもいいかも知れません)しているうちに、プレイヤーはいつの間にか主人公に「萌え」てしまう、という算段なのです。

「瑞穂・紫苑が手をつないだ後ろ姿」の絵=CD通常版パッケージに採用=

 ここで、ひとつ注目しておくべきことがあります。それは、プレイヤーをガイドしならびにいじるするキャラクターと主人公との「バランス」についてです。どう見ても女の子にしか見えないキャラクターとして描かれる主人公に、いきなり感情移入するのが難しいことを考慮してか、ガイド役のキャラクターには、性格的に男の子的な部分を持つ幼馴染キャラ、そして主人公と同等、いやむしろそれ以上に男性っぽい(?)体格の持ち主であるお姫様キャラ(お姫様キャラと主人公、ふたりの手をつないだ後ろ姿、というCG=CD通常版パッケージに採用=を見て、「どちらが男なのか?」という質問に誤答が続出したという、この一点の事実!)という属性を与えたのです。この設定がいかに重要かは、次項で明らかにすることにします。

重要な男性登場人物は「主人公」ひとり +

 さて、「腹黒コンビ」にガイドされて「理想のお嬢さま学校」の世界(これを「おとボク時空」とでも呼びましょうか)にはいりこんだプレイヤーは、感情移入先を見つけていかなければなりませんが、ここで大きな問題に突き当たります。

 たいていの「美少女ゲーム」では、主人公以外にも男性キャラが登場します。プレイヤーは、その「別なる男性キャラ」に感情移入することで、「第三者的立場」、すなわち「俯瞰的な立場」を手に入れ、以後、安心してゲームをプレイしていく。これが通常のパターンになります。しかし、『処女はお姉さまに恋してる』の場合、いわゆる「端役」男性キャラクターこそ数人存在するものの、物語の全編に渡って主人公やヒロインと絡む「脇役」男性キャラがまったく不在。すなわち、主要な男性登場人物は主人公ひとりだけなのです。

 よって、プレイヤーは、どうしても主人公に感情移入せざるを得ない、ということになります。そして、主人公に感情移入する、ということは、同時にプレイヤー自らが「俯瞰的な立場」ではいられなくなる、ということでもあります。この設定は、通常のパターンしか受け入れることができないプレイヤーにとっては、主人公の「完璧超人」ともいえるスペックも悪影響となり、大変不快なものとなってしまいます。しかし、この作品では、さきほど述べたように主人公をガイドするキャラクターに「別なる男性キャラ」的な属性を振り分けてアサインすることで、直接主人公に感情移入することの難しさを、「主人公をいじるキャラクターのフィルターを通して主人公に感情移入する」というルートを作って克服しようとしたわけです。そう、さも「主人公以外の同性キャラの視点を通して、メインヒロインに感情移入」させるかのように。そして、この設定、ならびに最初に述べたように“お嬢さま学校”の世界にまったく免疫がない、というプレイヤーと「等身大」である部分の助けも得て、多くのプレイヤーは、素直に主人公に感情移入していくことになりました。そして、そうできたプレイヤーにとっては、むしろそのスペックこそが非常に心地よいものとなります。こうして、プレイヤーは、深い「萌え」を獲得するための第一関門を乗り越えていくことになります。

 実は、この設定こそが、のちの「深い萌え」につながる重要設定になってきます。その理由は、次節以降にて、少しずつ明らかにしていくことにします。

見事な舞台設定――「理想」の「処女(おとめ)の園」 +

 そして、もう一つ触れておかなければならないことがあります。実際の女子校はこんな甘いモノじゃない、という声も聞こえてきそうなのですが、この物語はあくまで多くの男性プレイヤーにとって「あこがれ」でありまた「理想」であるところの、「処女(おとめ)の園」の「きれいな」部分だけを切り取ってきたような舞台設定がなされています。いわゆる「悪人のいない世界」です。醜い権力闘争や執拗ないやがらせなどが排除された、「学生自治が機能している」状態の女学院……そこにはひたすら「甘美」な時の流れが待っています。そして、「処女(おとめ)の園」の世界にすっかり引きこまれてしまい、この世界観に「惚れた」プレイヤーは、そこからこの作品に「とろけ」ていくきっかけを得ることになるのです。

[コラム]選択肢にまである「気遣い」 +

 この作品の攻略サイトや、雑誌の攻略メモ情報などをご覧になった方、あるいは3つ以上のルートを完了された方はお気づきかと思いますが、実は第一話の途中まで、最初の三つの選択肢は、「攻略」に対して一切「ノーカウント」です。
 これらの選択肢は、いずれも特定キャラクターの好感度アップにつながっておかしくないように作られているのですが、同時に宮小路瑞穂が入寮したその日からおおよそ一週間以内のできごとに対するものです。この時期、宮小路瑞穂はまだ「処女(おとめ)の園」に十分になじんでいません。……ということは、プレイヤーも同様にどぎまぎしながらプレイしている、という想定があるのでしょう。その段階での選択肢の選び方でのちのちのストーリーやルート選択に影響があっては、落ち着いてプレイできないのではないか……という「配慮」が感じられるのです。

 こういった「配慮」がほかのゲームにあるのかどうかは、「美少女ゲーム」プレイ歴が“ほとんどない”私には定かではありません。しかし、少なくとも「おとボク」のこの気遣いについては、これらの選択肢によって小さな分岐はあるものの、メイン・ストーリーに何ら影響がないことを含めて、プレイヤーに対して「雰囲気に慣れる」ことへの抵抗感を少しでも和らげる効果を与えていると考えます。

 特殊な(あり得ない、とも言う)設定ゆえ、ということもありますが、プレイヤーに対して《“お嬢さま学校”の世界へといかに「安心して」飛び込んでもらえるか》を徹底的に考えて作られていることが、他の作品に対するこの作品の大きな「差別化要因」である、と言えるのではないでしょうか。

設定にはまりこめない人は…… +

 それでは、ここまでのところで脱落してしまったプレイヤーは、いったいどうなってしまうのでしょうか。ここは一パターンしかないので簡単に。

 《「処女(おとめ)の園に女装潜入」設定を不快だと思ってしまう人》  ……「とろけ」ている方には信じられないかも知れません(苦笑)が、こういう人もいるんです。「女装」という設定自体に嫌悪感を覚える人もまだまだ多いのが現実です。さらにひどい人になると、「思想的に」嫌だ*2という人までいます。また、そこまで行かなくても、この世界観・雰囲気を「ヌルい」と感じる人たちもいます。確かに「刺激的」な部分は少ないとは思いますが……。まあ、こういった方々は、体験版段階で回避していただくしかないわけで……。


 【さらに理解を深めるために……】

 

(最終更新日:2009-09-26 (土) 15:42:34.)



*1 はてなダイアリー - キーワード - 「キモイ系」参照
*2 具体的には、「男尊女卑」型社会こそが心地よい、という思想の持ち主など

「おとボク」の萌え構造 v1.0 (c)2006-2011 おとボクまとめ中の人(takayan) All Rights Reserved.
powered by : PukiWiki Convert_Cache lsx,contentsx
Web拍手公式サイト WebPatio
HP内全文検索エンジンmsearch ThemeMail