「おとボク」の萌え構造 >> 1. 第一章 >> 1-3. 第三節

 

萌えを助ける「舞台装置」としての演出 +

 『処女はお姉さまに恋してる』が、その独特の世界観と設定から作り上げた「美少女ゲームであって美少女ゲームでない」時空。前節ではその「基礎」となる部分について見てきましたが、この節では、「おとボク時空」を確固たるものとした演出の数々に、スポットを当てていきます。

リアクションを大げさに見せる――演出の基本 +

 まず、演出の基本的スタンスから解析していくことにしましょう。

 このゲームは「コメディ」だと謳っていますので、笑わせて話に引きずり込もう、という意図がそこに働くことになります。その前提で、萌えを上手に演出するためには、ヒロインや主人公のリアクションを大げさに見せて、ある意味彼女たちや彼のキャラを「壊す」ことが効果的です。そのために、このゲームではいろいろな効果を巧みに使っています。

 まず、ヒロインたちに関しては、「恥ずかしい」感情を大げさに見せる「下から上へと赤くなり、時には沸騰」という効果が代表的です。ちょっと重い、という感想もあったようですが、的確な「間」を置き、ヒロインが真っ赤になっていくさまを眺めるとき、ヒロインが実に可愛く見えてきます。ほかにも「沈む」効果(=画面の中を少しずつ下へスクロール)とか、「きゅ〜」などの愛すべき「壊れ」リアクションに加え、「?」「!」「♥」のスクリプトなどを、立ち絵のバリエーションと巧みに組み合わせています。

 そして、もっと重要なのは、主人公に関する効果です。特に「orz」絵は、セリフの強烈な部分を抜き出して表示してみたり、横からヒロインたちが出てきてダメを押したり、といった補強を地道にかつ確実に施したことで、大変強いインパクトをもって主人公を弄り倒し、その結果プレイヤーの「主人公萌え」を最大限に引き出すこととなりました。この「orz」絵は、後から出た有名メーカーのゲーム*1がメインヒロインを使って「真似」をしたことで再度話題になりましたが、「おとボク」のそれは、表面的な部分だけでなく、地道な補強による「渋い」演出効果があったからこそ、これだけの「萌え」効果を発動したのであり、その点で後発のゲームのそれとは完全に差別化されています。このほかにも、その心の衝撃を表す「画面の中で絵が揺れる」効果や、「ウゴツールを使って作られたとおぼしき一枚絵」など、コンピュータを使ったゲームらしい演出が、その「コメディ」的要素を実にうまく味付けしています。

「萌え殺し」請け負います――マンガ的演出手法 +

 次に、このゲームにかなり特徴的な、「マンガ的演出手法」が駆使された部分について、見ていくことにします。

 このゲームにおいては、キャラクターの「かわいさ」「美しさ」「カリスマ性」などを引き立たせるために、この演出手法が大変上手に組み込まれています。  例えば、背景がキラキラと輝いてみたり、周囲に薔薇の花が配置されてみたり、キャラクターのある行動(発言)に対して「ハートマーク」付きのリアクションが返ったり、といった具合です。ずばり、「どうぞここで萌え死んでください」といわんばかりなのですが、もとが「コメディ」なので大げさな演出をしても嫌みがなく、また作品の世界観からはずれていることもないため、次章で述べる「壁」を越えている人にとっては、実に素直に萌えることが出来るようになっています。

 もうひとつ、描いた人の名前から「ヨダ絵」と呼ばれるデフォルメされたキャラ絵の存在も忘れてはなりません。“ちゃぶ台返し”や「きゅ〜」、バレンタインでの驚きの姿など、主要なイベントに登場していることがポイントです。美少女ゲームでは、リアルな立ち絵のほかにアニメでもよくある「崩れた立ち絵(SDキャラ、もしくはデフォルメ絵などとも呼ばれる)」が登場して、その姿と表情とで「壊れ」た「心情」を表現することも多いのですが、「おとボク」での「ヨダ絵」は、動画ではありませんがそこに「動作」が加わる、とお考えいただければよいでしょう。キャラの壊れっぷりを、もちろん適切な場所で、かつ適切な表情を伴いつつ、その「行動」をデフォルメすることによって表現するこの手法は、このゲームが生み出した新たなキャラの動かし方である、といってもいいかも知れません。

 もちろん、前節とこの節とでの各場面には、さらに適切な効果音も付け加わって、視覚と聴覚の両面から萌えを訴求していることも、忘れてはなりません。また、通常の立ち絵についても、原画氏の画風が、お嬢さま女子校の学生、という登場人物を描くのに適していた、ということもまた忘れてはならない事実です。

「視点」をはっきり意識させる演出 +

 次に、プレイヤーに「視点」を意識させるための演出について触れていきます。

 通常の美少女ゲームでは、プレイヤーは主人公に感情移入することはせずに、俯瞰的な立場から、ストーリーに集中してプレイすることが一般的なようです。しかしながらこのゲームは、百合的な要素をもったゲームであることと、プレイヤーを主人公に感情移入させてプレイをすすめていくタイプのゲームであることから、プレイヤーがプレイ中のシチュエーションについて、誰の視点なのかを意識することを「忘れてしまう」危険性を持ち合わせています。従って、果たしてプレイヤー自身がいま、感情移入した先の主人公の視点で見ているのか、それとも主人公がそこにいない場面にいるのか、そこをはっきり意識させる必要があるのです。そして、「主人公がそこにいない場面」を意識させることで、「ヒロインから別のヒロインへの萌えを獲得」して欲しい、というメッセージをも秘めています(このことについては、次章で詳説します)。

 これを解決するために、「おとボク」ではセリフのウインドウに二色のフレーム(ピンクは主人公視点、グリーンは主人公以外の視点)を用意し、その場面の「視点」をプレイヤーが明確に区別できるように工夫しました。こういう細かい心配りによって、通常の美少女ゲームとは違って、主人公に感情移入したプレイヤーでも、自分のいる位置を確認しながら安心してプレイを進め、「萌え」ることができるようになっているのです。

好感度アップのお知らせ +

 続いて、これもこのゲーム独自の工夫である、「好感度アップのお知らせ」について触れていきます。

 一般にアドベンチャーゲーム(AVG)と呼ばれるタイプのゲームでは、選択内容による分岐が、特定のキャラクターを「攻略」するための“ポイント”になったり、フラグ付けの有無を判定したりすることに使われます。このフラグやポイント数の内容によって、どのキャラクターのどんなルートに至るかがある時点で決定され、決定以降はそのルートへと分岐していくことになります。しかしながら、特にキャラクターならびにストーリーを重視してゲームをプレイする場合、特定のキャラクターのストーリーに集中するにあたり、攻略本や雑誌、攻略サイトを見て選択肢を確認していく、という手段をとることがあります。このメーカー(=キャラメルBOX)の場合、攻略が少し難しいことが知られており、事実この作品にも「わかりにくい選択肢」がいくつか存在しています。しかしながら、「萌え」中心のゲームであるこの作品においては、ストーリーへの集中と相反する攻略の難しさを少しでも解消し、プレイヤーに安心感を与えるためには、何らかの工夫をする必要がありました。その「解決策」として生み出されたのが、「好感度アップのお知らせ」です。

 選択内容によって、その直後になる場合と、かなりあとになる場合とがありますが、好感度がアップする対象のキャラクターのセリフに合わせて、下部枠のキャラクター名の真上にハートマークが浮上するアニメーションが現れ、同時にチャイム音が鳴り、好感度アップを知らせます。このお知らせがあるがゆえに「興が削がれる」、という感想も一部にありましたが、従来のこのメーカーのゲームよりもはるかに攻略しやすくなった、という評判が多く、所期の目的を十分達成した、ということができるでしょう。さらにこのハートマークとチャイムとにより、「攻略」(なぜ「かぎかっこ」がついているか、については、次章にてまったく別の観点から解説します)における「わくわく感」が増幅される効果も、決して無視できないものと思われます。

みごとな演技・声優さんたちの「声の力」 +

 そして、いよいよ最も大切なふたつの「舞台装置」へと話を進めていきます。

※この項は、PC版(初回版並びに通常版)の内容をもとに執筆しています。PS2版では、主にサブキャラ担当の声優さんが変更されています。また、2006年発売のDVD版では、主人公の声もフルボイスに変更されました。

 「美少女ゲーム」においては、まれに声優さんの声がはいらないものもありますが、たいていはヒロインたちについては声優さんの吹き込んだ声がフルボイスではいるようです。『処女はお姉さまに恋してる』も例外ではなく、ヒロインだけならずサブキャラたちも含めて、女性の声は「フルボイス」で収録されています。また、主人公の声も「パートボイス」ながら女性声優が担当し、収録されています*2

 このゲームにおいては、サブキャラも含めて「適材適所」への配役が徹底されました。その結果、「お嬢さま学校」の雰囲気を決して壊すことなく、しかもそれぞれのキャラクターのカラーが、その声の演技によってさらにはっきりとした輪郭を持つに至りました。特にメインヒロイン全員は言うに及ばず、サブキャラでも登場回数の多い美智子・圭なども含めて、見せ場をきっちり押さえ、造形がしっかりできたその演技により、声の印象が大変強く残る作品となりました。

 残念ながら、唯一評価が分かれているのが、「パートボイス」である主人公の声です。実際にはまず「ありえない」主人公のキャラクター設定ゆえ、その演技をこなすことは非常に難しく、担当された声優さんも大変苦労されたことと思います。そして、結局主人公の設定を生かした「雰囲気」重視の声の演技となったためか、一部に「下手」との評もありました。しかし、その演技は「瑞穂萌え」を邪魔するものではなく、瑞穂に萌えた人にとっては「あの声でないと」という評価をも得て、むしろ「パートボイス」に納得がいかず、「フルボイス」を希望する声も多く聞かれたほどとなりました(「フルボイス」化されたDVD版の評価については、第二章の中で触れることとします)。

 結局のところ、雰囲気最重視、というベクトルが定まっていたことで、声優さんたちもそれを念頭に入れた演技ができ、これが「おとボク時空」の醸成に大変寄与した、ということができるのではないでしょうか。

「舞台装置」であることに徹した「音楽」 +

 「舞台装置」の最後に、このゲームにおける「音楽」の役割について、はっきりさせておきましょう。

 美少女ゲームでは、音楽はあらかじめ20-30曲程度が用意され、そのシーンのムードにあったものが選ばれて流れる、ということが多いようです。『処女はお姉さまに恋してる』もご多分に漏れず、オープニング・エンディング・挿入歌のボーカル3曲、BGM 21曲の合計24曲(うち1曲はサウンドトラック未収録)が準備されました。攻略対象ヒロインたちにはそれぞれ「テーマ曲」があてがわれたほか、ダンスシーンにはクラシック曲のアレンジが、また「話」構成のこのゲームにおけるひとつの特徴である“次回予告”にも専用の曲が用意される、という「それなりに贅沢」な構成となっています。

 ボーカル曲は、オープニングはポップでタイトルに合った内容の歌詞、エンディングは甘甘の、挿入歌はちょっぴり切ないラブバラード、と無難なものであると言えます。そして、これらはいずれも佳曲で、特に挿入歌とエンディング曲は劇中で大変効果的に使われ、そのシーンを大いに盛り上げることに成功しています。

 ここまでは普通のことなのですが、特徴的なのはこのゲームのBGMです。レビューサイトでは「あまり印象に残らない」という評価が多かったようですが、このゲームのBGMに関する限り、本質は「印象度」ではなく、「世界観・雰囲気を醸成することへの寄与度」にこそあります。すなわち、「ゲームの内容にとけ込んでいた」というコメントこそが、このゲームのBGMの評価にふさわしい、ということができるわけです。事実、「コンピュータミュージックファンの皆様のための総合音楽サイト」の管理人さんが、『キャラメルBOXってこんなに演出周りとか雰囲気の作り方上手かったか?』とサイトのトップページで発言されていたのは、その“音楽”を含めて評価している何よりの証拠でしょう。
 各キャラクターによく合った「テーマ曲」(特に「微笑の肖像〜紫苑のテーマ」「エメラルドの風〜貴子のテーマ」)をはじめ、理想の「お嬢さま学校」の日常を想像させてやまない楽曲、ドキドキ感を盛り上げる楽曲、鬱になりがちなシリアスシーンをそうさせない楽曲などが、テキストやセリフ(音声)を邪魔することなく、雰囲気を盛り上げていきます。そして「裏テーマ曲」ともいえる「強い絆」「確かな想い」2曲の出来が、このゲームの評価を大きく方向付けた、といっていいでしょう。それがどんなものなのかは後段に譲るとして、「音楽」特に「BGM」が、このゲームでは雰囲気を「作り上げる」舞台装置として大変優れた働きをしたことだけは、間違いありません。

 

(最終更新日:2008-03-13 (木) 13:55:04.)



*1 『智代アフター』
*2 DVD版では主人公は当然のこと、その他の男性ボイスも含めて「フルボイス」化されました

「おとボク」の萌え構造 v1.0 (c)2006-2011 おとボクまとめ中の人(takayan) All Rights Reserved.
powered by : PukiWiki Convert_Cache lsx,contentsx
Web拍手公式サイト WebPatio
HP内全文検索エンジンmsearch ThemeMail