「おとボク」の萌え構造 >> 1. 第一章 >> 1-2. 第二節

 

通常の「美少女ゲーム」から見た特異性 +

 さていよいよ、『処女はお姉さまに恋してる』という作品の持つ《超絶萌破壊力》の源泉がどこにあるかを、少しずつ明確化していくことにしましょう。

 この章の最初に挙げた引用文の中に、《エロゲとかいう概念の軽く斜め上》をいく、という表現が出てきます。この節では、普通の「美少女ゲーム」と「おとボク」とを比較し、どこが類似していてどう違うのか、ということを分析して、その特異性を紐解いていきます。

 「おとボク」という作品は、一応「美少女ゲーム」の範疇にはいっていることになっています。ところが、この作品は、「美少女ゲーム」の特徴のうち、この作品に似合う部分は積極的に利用しつつ、通常の「美少女ゲーム」とは似て非なるものを意識的に作り上げている、ということができます。そのあたりを、「美少女ゲーム」的な部分と、まったく異なる部分とに分解して、見ていくことにしましょう。

「美少女ゲーム」的な部分 +

 それでは、「おとボク」の「美少女ゲーム」的な部分から見ていくことにしましょう。

「学園ものゲーム」というフレーム +

 「学園もの」というフレームは、「美少女ゲーム」のひとつの典型的なスタイルです。作品のストーリーそのものも、基本的には奇を衒わず、丁寧に「学園ものの王道」といえるストーリーを展開させています。2ちゃんねる内でも、鬱にならず「学園もの」として安心してプレイできる作品のリストに掲載*1されており、このフレームを実に巧みに利用している、ということができます。ただ、その「学園」(この作品では「学院」ですが)がどのような「学園」であるか、ということについては、このあと「美少女ゲーム」的でない部分の項で触れていくことになります。

「主人公がヒロインから好意を持たれる」という基本線 +

 純愛ものの「美少女ゲーム」は、基本的に主人公から積極的にヒロインにアプローチするのではなく、主人公がヒロインから好意を持たれる、という流れで話が進んでいきます。これは、プレイヤーの共感が得られやすい、という観点で大きな意義を持っています。この作品はこの点でも、まさに『処女(おとめ)はお姉さま(ボク)に恋してる』わけで、この基本線には忠実であることをそのゲームタイトルによって明示しています。ただし、この作品の場合、そこに「プラスα」が付け加わるわけですが。

「主人公の成長物語」という縦糸 +

 この作品の主人公は、それまでの共学校から突然異世界に放り込まれ、その中で苦闘しながら、精神的に成長していくことになります。シナリオの中に、いわゆる「攻略」以外にこのような「核」を持たせることも、「美少女ゲーム」ではごく普通に行われており、この作品もプレイヤーに心地よくプレイしてもらうためのアクセントとして、この「核」を上手に活用している、ということができます。

[コラム]タイトルで得した? 損した? +

 『処女(おとめ)はお姉さま(ボク)に恋してる』……そのタイトルの持つ意味は前項で説明しましたが、このタイトルそのものの評価について、「萌え」構造とは直接的には関係しないのですが、「ちょっとだけ」触れておきます。

【損得相半ば】読めない。言うのが恥ずかしい。 +

 お気持ちは分かります(笑)。私自身も予約するときそう*2でしたから(苦笑)。しかし、これはゲーム・コンセプトをどうタイトルの中に折り込むか、ということを真剣に考えた結果です。そして、タイトルで「目立つ」という目的は十分果たしているものと考えます。

【損】話の内容を表していない。 +

 このゲームを「学生ものの王道」ストーリー、という観点から捉えた人に多い意見です。この物語は、ストーリーの内容そのものが「売り」なのではないのですが、丁寧にテキストを積み重ねた結果、安心してプレイできるストーリーになっている、ということで不満が出てきたようです。このゲームにある程度以上とろけている方の意見なので、無視はできませんし、事実タイトルだけで敬遠していた、という人も多かったようですね。

【得】「おとボク」という略称について。 +

 もはや意味が分からない、という批判があるようですが、それとは無関係に、四音節の略称がしっかり普及したことは、この作品の知名度を高めることにもつながり、間違いなく「成功」であった、と考えます*3

 ……とりあえず、こんなところでしょうか。個人的には、「そんなに損をしているかなあ?」 というのが正直なところなのですが。

「美少女ゲーム」的でない部分(1)――独特な「世界観」を生み出す舞台設定 +

 いままでは「美少女ゲーム」的な部分を見てきましたが、この作品は『マリア様がみてる』の本歌取りとしての性格を持って作られていることから、多くの「美少女ゲーム」的でない部分を併せ持っています。それらについても見ていくことにします。

一般世界からの「隔離性」の演出 +

 まず、私自身が「おとボク時空」と呼ぶ独特な世界観を無理なく実現していくために、一般世界からの「隔離性」を演出する必要があります。これについては、大都市郊外の緑に囲まれた広い校地にある「お嬢さま学校」、という舞台設定を置き、かつ主人公も自宅からではなく校地内にある寮から学校に通うこととしました。このことにより、主人公にとっては「逃げ場」がなくなり、一般世界からの「隔離性」を十分に確保しました。

主人公以外の男性キャラが事実上不在 +

 一般世界から隔離した上で、通常の「美少女ゲーム」ならそこに存在するはずの「主人公以外の男性キャラ」が、この作品には存在しません。プレイヤーにとって、視点とすべき男性キャラが主人公しか存在しないこととなり、従ってプレイヤー自身も主人公に感情移入(そこまでいかなくても共感)した時点で、一般世界から隔離された状態に(擬似的に)おかれることになります。

 これらの要素については、最近の「美少女ゲーム」の中にも、部分的に取り入れている作品*4が多くあります。しかし、それらにあっては、「隔離性」が弱いか、あるいは「隔離性」は確保できてもほかに男性キャラが登場する、といった状況があり、いずれも『処女はお姉さまに恋してる』ほど徹底してはいません。徹底して『処女(おとめ)の園』を指向したこの作品の舞台設定は、それだけでもすでに「美少女ゲーム」的な世界観からはみ出ている、すなわち「美少女ゲーム」としては特異な世界観を持つ作品である、といえましょう。

 ただし、これは一般の「美少女ゲーム」と比較したとき、必ずしも「利点」とは言い難い半面を持っています。すなわち、「美少女ゲーム」なのに「美少女ゲーム」的でない世界観、一般世界から隔離された「特別な場所」で、かつ女装した主人公以外に視点とすべき男性キャラが不在、という特殊な条件設定をプレイヤーが受け入れられるかどうか、というこの作品の持つ「第一の関門」です。この設定を受け入れられない人にとっては、この作品は手に取る対象にすらなりません。体験版の持つコミカルな部分に「騙された」人がいたとしても、投げ捨て、という結論にならざるを得ない、という意味で、むしろ強い「欠点」として働く可能性があるのです。ゆえにこの作品は、この舞台設定を強力な「利点」とするために、それとは別の設定によってその「世界観」を補強し、さらに強固なものにする必要に迫られることになりました。ではこの作品は、その「壁」をどう破ったのでしょうか。

「美少女ゲーム」的でない部分(2)――「常識はずれ」なストーリー設定 +

 それでは、この独特な世界観をさらに強固なものにするために、作り手が生み出した「工夫」とはどのようなものでしょうか。実はそれこそが、《『マリア様がみてる』のようなエロゲー》という発想から生まれ、そしてこの作品のコンセプトを強く決定づけることになったわけですが……。

 この作品が、いわゆる一般的な「主人公女装もの」の「美少女ゲーム」(前節参照)と大きく異なるのは、主人公が単に「女装」しているだけでなく、少なくとも表面上は「女性」として一年近い時を過ごす、ということにあります。この作品のシナリオライターである嵩夜あや氏は、二見書房刊『姉・コレクション』における本田透氏とのインタビューにおいて、明確に「百合ゲーでは売れないから女装にした」と述べていますが、まさにこれこそがこの作品の最重要設定をひとことで表したものです。この作品においては、主人公が女装することではなく、むしろ「お嬢さま学校における百合的シチュエーション」こそが設定の中心なのです。そして主人公は、そのシチュエーションを理想的なまでにプレイヤーの眼前に現出させる、という必然性のもとに存在することになるのです。

 一般的な主人公女装ゲーにおいては、主人公が「女装」することで倒錯感を生み出しつつ、実はどうしようもなく「男性」である面を残すことで、プレイヤーも安心して「美少女ゲーム」的世界の中にいることができます。しかし『処女はお姉さまに恋してる』では、あえてその「美少女ゲーム」的世界に別れを告げて、主人公はむしろ「女性」として生活しても何ら不思議のない存在として描かれます。そして、主人公自身が逃げ場のない中で「女性なのに男性」である存在として、ジェンダーパニックに陥りそうなギリギリの環境に置かれつつ、まわりの「女性」たちから好意を抱かれる、というこの「常識はずれ」なストーリー設定。これこそが、のちに説明する「主人公への強い萌え」さらに「ヒロイン達に対するより深い萌え」を実現するための最重要コンセプトなのです。


 ――こうして、『処女はお姉さまに恋してる』が実現する《エロゲとかいう概念の軽く斜め上》の世界。ただし、いままで分析してきたことはその「土台」「基礎」の部分でしかありません。それでは、どんな「上積み」がされたのでしょうか。

 

(最終更新日:2008-03-13 (木) 13:55:04.)



*1 参照:エロゲー板「学園物エロゲー総合スレッド」
*2 言うのが恥ずかしい、のほう
*3 「意味が分からない」のがいけない、と言うのであれば、「はにはに」(『月は東に日は西に』)とか「こんにゃく」(『この青空に約束を――』)とかはどうなるんですか?
*4 2005年発売のエロゲーでは『ゆりね〜おねえさまがおしえてくれた〜』『黒髪少女隊』『ひめしょ!』といった主人公女装もののほかに『お嬢様組曲』など、2006年発売ものでは『春恋*乙女〜乙女の園でごきげんよう。〜』『ふぁいなりすと(非18禁)』なども

「おとボク」の萌え構造 v1.0 (c)2006-2011 おとボクまとめ中の人(takayan) All Rights Reserved.
powered by : PukiWiki Convert_Cache lsx,contentsx
Web拍手公式サイト WebPatio
HP内全文検索エンジンmsearch ThemeMail