「キャラクタービジネス」したかった人たちを絶望させた作品――OVA『乙女はお姉さまに恋してる 2人のエルダー』、どうしてこうなった?


はじめに――おわび、そしてあれは……

 まずはじめに、私の企画書の内容が、「おとボク2製作委員会」での決定に影響を与えた可能性を否定し得ない件について、深くお詫びいたします。ただし、

「処女はお姉さまに恋してる 第149話」スレより

901 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2011/09/13(火) 21:34:29.57 ID:VXA0NKCz0 [1/2]
(途中まで略)

ウワァ、さすがに凹むかなこれは。

— 嵩夜あやさん (@AyaYang) 9月13日, 2011

あやのTwitterの落ち込んでる原因、がアニメ化で声優変更とかじゃないよな?

という発言内容が、事実であった可能性もまた否定できないわけですが……。

 この文章は、以下のような順序で、『乙女はお姉さまに恋してる~2人のエルダー』のアニメ化予定作品が現状(=2012年4月中旬時点)に至った理由と、その裏にある「業界」の情けない状況とを、大胆に推測していきます。

  1. 現在の「エロゲー」コンテンツのざっくりした傾向
  2. 前作『乙女はお姉さまに恋してる』での「殴り合い」の本質
  3. 『2人のエルダー』では「殴り合い」もできなかった
  4. 見えてくる「業界」の情けない状況

現在の「エロゲー」コンテンツのざっくりした傾向

 まずは、「エロゲー」の「消費者」にどんな「エロゲー」が受け入れられているか、という話をします。題材は巨大掲示板群「2ちゃんねる」の「ベストエロゲ」の過去2年間のデータ。タイトルのあとの[ ]内は評価が高いポイント(S:シナリオ、C:キャラクター、M:音楽、G:ゲーム性、H:えっちシーン)、*つきは「中価格帯以下」のもの。

2010年 2chベストエロゲ Top11
1. 素晴らしき日々~不連続存在~ [S]
2. 黄昏のシンセミア [C/S]
3. 戦女神VERITA [G]
4. のーぶる☆わーくす[C]
5. リアル妹がいる大泉くんのばあい[S*]
6. 星空のメモリア Eternal Heart[S/C]
7. るいは智を呼ぶファンディスク -明日のむこうに視える風-[S/C]
8. WHITE ALBUM 2~introductory chapter~[S/M]
9. キッキングホース★ラプソディ[C*]
10. あまつみそらに![H]
11. 恋色空模様[C]
2011年 2chベストエロゲ Top11
1. WHITE ALBUM2 -closing chapter-[S]
2. 穢翼のユースティア[S]
3. 神採りアルケミーマイスター[P]
4. グリザイアの果実 - LE FRUIT DE LA GRISAIA -[S/C]
5. カミカゼ☆エクスプローラー![C/H]
6. ラブラブル ~lover able~[C]
7. 恋愛0キロメートル[C]
8. 天使の羽根を踏まないでっ[S]
9. Hyper→Highspeed→Genius[C]
10. euphoria[S/H]
11. VenusBlood -ABYSS-[P]

 これらから見てわかることは、以下の通り。

  1. 登場キャラクターとのいちゃラブを楽しむ作品が安定した人気を得ていること([C][H]のポイントがついた作品群はすべて)。CGが良ければなお良し。特に2010年の8位を除く全作品と、2011年の上位9作品は、[C]表記の有無を問わず、キャラクター評価点の高い作品ばかりとなっている。
  2. シナリオについては、いわゆる「セカイ系」や伝奇もの、厨二的な要素など「非日常性」が高いか、あるいは特定シナリオライターの作品であることが基準([S]のポイントがついた作品群)。ハードルはかなり高い。
  3. ゲーム性を求める作品にも、それなりに根強いニーズがあること。

 世間の考える「エロゲー」像とはだいぶ違うと思いませんか? もちろん「エロ」中心の作品を求める人もそれなりにいることはいるのですが、それよりもいかに登場キャラクターで売るか、ということが前面に出ていることがおわかりいただけるかと思います。極端な話、いま流行の「ラノベのアニメ化作品」とそう変わりがない、と言ってしまって構わないと思います。次いでストーリーに引き込ませる作品。これらはアニメ化されないか、されても……(後述)ということになります。特に、2010年の投票期間中に、「もっと《いちゃラブ》重点の作品を上位に!」というムーブメントが起きたことは、1.の傾向がさらに強まるきっかけとして、とても象徴的だったように思います。

 ところで、2010年発売の『処女はお姉さまに恋してる~2人のエルダー』はどこに行ってしまったのでしょうか? 実はTop11の比較的すぐ下にいるのですが、キャラクター点もシナリオ点も中途半端、という評価なんですね。そのことが、あとで大きな問題として浮かび上がってくるのです。

前作『乙女はお姉さまに恋してる』での「殴り合い」の本質

 さて、このような作品をアニメ化するにあたり、いったい何が大きな問題になるのか、前作のアニメ化作品制作において行われた「殴り合い」の本質を復習することにしましょう。

 アニメ化作品『乙女はお姉さまに恋してる』についての分析は、すでに拙稿《『「おとボク」の萌え構造』/12. 補遺・その2 好評を手放しで喜べない理由――アニメ『乙女はお姉さまに恋してる』の萌え構造》ならびに《『「おとボク」の萌え構造』/13. 補遺・その3 “ひねり”があるのはどっちだ?――「おとボク」での「ヒロイン萌え」の根本にあるもの》内・【コラム】「おとボク」アニメ化作品の成功理由って何?において分析を加えているので、そちらもお読みいただければと思うのですが、思いっきり要約すると次の通りです。

  1. 「雰囲気・世界観中心」の作品から「キャラクター中心の作品」への翻訳
  2. メディアの違いを考慮に入れ、「主人公視点」から「第三者視点」への翻訳
  3. 出演声優を入り口にして、作品に興味を持たせる「中の人」宣伝技法の導入

 一番目に関しては、原作ゲーム製作会社の当時の中の人が、DVD第一巻のライナーノーツに

『おとボク』というタイトルの最大のポイントである「雰囲気」や「空気感」はかなり忠実に表現していただけたのではないか

 と述べているのですが、筆者はその点では第5話と第12話しか評価していない(リンク先は筆者のアニメ化作品感想のまとめ記事:各話の感想へのリンクあり)、ということがすべてを物語っているかと思います。二番目に関しては、上にリンクした「補遺・その3」のコラムに書きました。三番目に関しては、もはや何も言うことはないでしょう。

 それでもこの作品がある程度の成功を収めた(「アニメ調査室(仮)」サイトのブロガーランキングでは2006/12終了作品の上位にランクし、「アニメ評価データベース さち」サイトでも一定の評価を得ている)のは、エロゲー原作にありがちな「キャラクター一辺倒」にはできず(むしろキャラクターに期待して見ていた人たちからの評価は瑞穂や貴子に満足した人以外は芳しくない)、原作のエピソードを丹念に追わざるを得なくなった結果としての部分が大きいと思われますし、原作に「とろけ」た人以外にとっては、「雰囲気」「世界観」も含めてそつなくまとまった内容、という評価であったようです。

『2人のエルダー』では「殴り合い」もできなかった

 それでは、『2人のエルダー』のアニメ化にあたり、いったいどんなことか起きたのか、大胆に推測していくことにします。

前作に引き続き、今作も……さあ、行くぞ!

 前作のアニメ化作品の「一応の」成功(製作委員会各社に落ちたお金的に)と、その前作と同じ舞台での作品、ということで、名乗りを上げた各社としては、前作同様にして稼ぐぞ! という意気込みで乗り込まれたことと思います。中心となったのが「フロンティアワークス」社と「メディアファクトリー」社、というのがそのことを実に良く物語っています。

しかし、作品の内容は……

 しかし、『処女はお姉さまに恋してる~2人のエルダー』は、最初にリンクした「企画書」に書かれている通り、前作の原作『処女はお姉さまに恋してる』と違い、キャラクターを前面に押し出すことができない作品になっていました。スピンアウトとして最初は「同人誌」で出された、シナリオライター・嵩夜あや氏本人による『櫻の園のエトワール』がファンに思いの外受け容れられ、その路線で「project otbk:restart」となっていたからです。「少女漫画チックな」前作の時点で十分に「エロゲー」の域からはみ出している(「『おとボク』の萌え構造」でたっぷり述べています)わけですが、群像劇となったことで、「男性向け」に分類される作品であるにもかかわらず「少女向け小説」的な傾向が強まり、どうにも「エロゲー」としてのユーザーの期待に応える作品ではなくなっていた、というわけです。

 「キャラクター」ありきではなく、「閉鎖空間での日常」の中にそれを「非日常」とする《異分子》がはいりこみ、ぶつかり合うことによって、それぞれのキャラクターの立ち位置と、その魅力があぶり出されていく、という構造が前作よりもさらに強化されていることは、アニメ化に名乗りを上げた各社からすれば、到底理解のできないものであったことでしょう。しかし、それは『櫻の園のエトワール』からの傾向をしっかり事前調査すればわかっていたレベルのことではありました。このあたりに製作委員会側にとっての反省点があります。

前作同様のシナリオが成立しない!

 アニメ化決定の発表付近から、角川コミックスエースより出されたコミカライズ版やGA文庫よりラノベとして出された小説版の売上が低調に推移したことに加え、2011年にはいり、コンシューマー化ソフトが「東日本大震災」の影響を受けて《過少生産》となった(=高い売上数値が出ない。しかし現在でもサントラ付限定版は中古市場にて高額取引されています)ことで、売上面(≒製作委員会の立場)から見たこの作品の魅力は「中途半端」ということで確定してしまいました。

 しかし、2010年12月に「アニメ化決定!」の発表をしてしまった以上、何らかの形で「映像化」しないわけにはいかなくなり、ここから製作委員会の苦悩が始まります。とりあえず前作と同じ方法で「殴り合い」をかけ、作品化しようとしますが、《表面的な》キャラクターの魅力が、主人公である妃宮千早を除き、前作ほどに出てこないことが明らかになると、製作委員会側が考えていた殴り合いの最大のフィールドでは殴り合いするまでもないことが判明し、彼らは次のような《対策》を取らざるを得なくなっていきます。

あわれその結果……

 その結果、いざ発表してみたら、原作ゲーム製作会社がアニメ化作品には介入しない、という「宣言」も相まって、「一部出演声優ファン」と「ゲームは回避し、アニメ化だけを楽しみにしていた組」以外からは前作同様大ブーイングが発生する(リンク先はTwitterでの大量関連ツイートのまとめ)、という不毛な結果になってしまったのです。その後、キービジュアルがいくつか紹介されたことで、さらに作画そのものに原作ファンの批判が集中する(※これは入念にCGを仕上げるエロゲーと枚数の多さからそこまで手をかけるわけにはいかないアニメという「メディア特性の違い」に因るところが大きい)に至り、さらに「絶望的な気分」が広がっていきました。

 アニメ化したことが忘れ去られている(?)丸戸史明作品『この青空に約束を――』(この作品はヒロインごと各2話+終章で全13話の構成で、何をしようとしたかは明白)などとも共通しますが、単なる「キャラゲー」ではなく、

この3つを正しくこなさないといけない作品である(ちなみに筆者の評価では前作でも三つ目のごく一部しか達成できていない)、ということが、ある程度「売上」の裏付けもあった前作と比較して、さらに悲惨な現状へと導いていった、ということは、まず間違いのないところかと思われます。

見えてくる「業界」の情けない状況

 メディアミックスでも特に「アニメ化」に際しては、DVDやBDでの売上だけではなかなか制作費と放映権料とがまかないきれないためか、話題性と「キャラクタービジネス」に頼る傾向がますます強まっています。フジテレビの「ノイタミナ」枠など、そのことに抵抗してきた枠もあるにはありますが、そこでもメディアミックスを前提とした作品や、最近では発売前のゲームを原作としたアニメ企画が発表される(※『ロボティクス・ノーツ』のこと、放送は秋なのでゲーム発売後となる予定)など、どんどん無から何かを生み出すビジネスをしなくなってきている状況が見えます。とにかく損をしたくない、どうにかして儲かるものに乗りたい、という気持ちはわかりますが、それが時に作品の姿を歪め、ほんとうの魅力を伝えない結果に陥るとしたら、そんな「創作軽視」の姿勢は、アニメファンだけではなく、業界全体にとっても損失につながっていく、と言えないでしょうか。

 OVA『乙女はお姉さまに恋してる 2人のエルダー』は、作品そのものの仕上がりについては、まだ判断ができる状況ではありませんし、原作の魅力を伝える作品になって欲しいとは思います。しかしながら、全三話、75分という短い時間であること、また値段の高さなどもあり、それ以前にどれだけの人に伝えられるかという大きな課題を背負ってしまいました。リスク回避の結果が実はとんでもなく大きなリスクとなって自分に還ってくる、ということは、現実でもありがちなことではないかと思います。この作品が、原作ありのアニメ化作品におけるその代表作となってしまわないことを、祈らずにはいられません。

以上


文責: takayan / 石原隆行